2011 3月 の日記


3月1日

眉毛が繋がる夢を見ました。
フリーダ・カーロの自画像(ご存知なければ両津勘吉を想像して下さい)並みに繋がりました。
縁起は悪くないように思うので、良しとします。

智子嬢と電話をしていたら、へっついさんで料理が焦げていました。
例によって10日分の食料をまとめて作っていたので落ち込みかけましたが、
「キャンプで作ったことにしよう」と考えてみました。
天候に左右されないで、遭難もせず、10日もアウトドア気分が味わえるなんて、
貴重でハッピーな体験ですよね。

3月2日

書き出し中、放心状態で口をついた歌が
ゲロを吐くーわたしたちー♪
吐かないわたしたちー♪
という自作歌だったので
色々気をつけたいと思いました。
吐く方のわたしたちに入らないとか、
疲れた自分を軽蔑の目で見ないとか、
怒りにまかせてパソンコを破壊しないとか、
最悪壊しても良いから死なないとか、そういうことを。
  
因みに今日見た夢は、
東京駅を歩いていたら
「僕、この香水を買いました」と三谷幸喜さんに話しかけられる夢でした。
唾液が飲みこめないほど暗くなってる割には、愉快な夢を見てるんだよ。

3月3日

アウターのファスナーが壊れて開かなくなり、服から出られなくなってしまった。
どうしても頭が抜けない。
生涯服をぶら下げて暮らすか、頭蓋骨を外すか、服を切るか、の三択を迫られたので、
そのうちの一つを選んだ。

人生は色々だ。
ぶら下げてても気にしないで下さい。

3月4日

雪が舞った。
絵の前に座ったら、絵の具置いてあるところまで一万マイルあって途方に暮れた。
驚愕の顎外れで鰐。

3月5日

ベーシストは前髪がアシンメトリーである。
ほかの楽器より、その確率が高い気がする。
気のせいじゃないと思う。

3月6日

自分に根性焼きをしてしまいそうで怖い。
大丈夫ですけど。
ロックンロールに他人面をされたら危ないですけど、親しいんで、大丈夫です。
親しい間は大丈夫って本気で思ってる自分はバカかも。
根拠が無いので、それが崩れても健康な様に、とりあえず、ごはんを頂かなくてはならないのよってんでアウトドア系ごはん。

3月7日

続・自分にエア根性焼き&三次元ご飯。

3月8日

元気を口座から引きだそうと思ったら、
そんなもん預かってませんけど。
と鼻で笑われた。

3月9日

わたしのしたいことを推して下さったスタッフ各位、ありがとうございます。

閑散としたオープニングで、
皆様がご用意下さる食物や飲料が干からびていく様を思い描いて心苦しくなり、
衝動的なエアー割腹を繰り返すのを止して、
制作いたします。

でも干からびるとは思うので、最初から完全に乾いてるものはどうでしょうか。
ほしいい、乾パン辺り…。
そんなオープニング嫌だし。
わたしのメンタルしか誤魔化せないし。

3月11日

描いていた。
クラクラするので脳貧血かと思ったら地面が揺れていた。京都なのに。乗ってるプレートが違うのに。
電話回線を使わない、くらいしか出来ない。
ニュースが、一瞬何言ってるのかわからないことを言う。

3月12日

目に見える範囲、
10日と何も変わらないように見える関西で、
被災地のこと、
自分の身の回りとしか照らし合わせて考えられないけど、
姉や、義兄の気持ちや行動に。
二酸化炭素が足りなくなっているバカ。

どうかこのまま、余震が収まりますように。
誰かの大切な人が無事でありますように。

3月13日

①感情の揺れのままに動くより、自分が集団のリーダーならばどう動くかを考えて行動すること
②現地で支援救援をする人に感謝をすること
③まず、その人たちの役に立つことをすること

と、糸井重里氏のコラムから学んだ。

でもさ、誰にも貸せないんだぜ。
わたしの胸って。

3月14日

もしかしたら被災したのは自分だったかもしれない、
と思うような揺れも体感していないアホが呼吸を乱していた。
そんでそれを嫌悪していた。
何かをできるひとが最善を尽くせても、納得できるひとはきっとどこにも居なくて
でも、そのひとたちはしてくれている。

できることしかできないって分かっていても、
納得して向かえるほど賢くはなく、
納得できずとも向かえるほど社会人にもなれなかった。
描こうとはするんだけど。眩暈が。
わたしが繊細なら、繊細ってゴミだよね、と思ったので、そう書いた。
辛いのが自分じゃないから辛いのだ、とも気がついているから
今、社会人じゃないっぽいわたしは何になれますかね。って、考える。
頑張ってる人に頑張れなんて言えないし、自分が発起人になることも、人前で涙を見せないことも
出来そうにないんだけど、何かになりたいんですよねっていうようなことを。
頭とまぶたと罪悪感でいろんな優しさも見てる。
それはいつもそうで。

3月15日

義兄の行き先が決まった。
「焦り飽きた。
しかしわたしにもしものことがあったら、遺伝子を残すように。
結婚が嫌なら精子バンクでも可」
と言って、
姉はふざけた話とのろけた話をした。
そして明日も手術室に居る。普通に。

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