2011 7月 の日記


7月1日

「私の知っていることは貴女の秘密くらいよ」
笑って言われて心臓が跳ねる。
何も、思いあたらないのだ。
わたくしに何か秘密がございましたか。
誰かご存じだったら教えてください。

意識すると、秘密が欲しくなる。
秘密結社を結成し
アトリエの前に看板を出したり
名刺に
秘密結社 覆面 
と明記の上
ロゴマーク(勿論、覆面のマーク)を配置したくなる。

尤も、ヒトの個体は、図らずも秘密みたいになってしまったことと
秘密みたいなこと、で出来ているような気もする。
秘密があるひともいる。
「秘密みたい」は、秘密じゃなくて拒絶、とか
隠してはいないけれど単に自分しか知らない、とか、を含むもので
「秘密」は、こっそりだったら教えたいことだと思う。

『ナイショだよ』って言われたいね。

7月3日

中学校のときとか、モテたでしょう。
そう言われ
きっと誉められたのだろう。でも、いやらしくないな、と感心した。

反芻したら予想外に面白かったので
『あのひと、中学ンとき、絶対モテへんかったわ。』
という冷笑を
ライフワークのひとつである悪口研究に生かした。
今ではなく、知り得ない過去や未来を抉る。
それは悪口の基本派生である。
いきがるお前の、高校デビュー失敗をいじってやる。

7月4日

研修中と書かれた名札を付けている。
休憩中、スタッフルームで、DHAサプリメントを飲む。
眉間に皺を寄せ
「早く仕事を、覚えたいので」
と言いながら。

うそ。
覚えることが多くて、にんともかんともだけれども
そんな、うすら怖い演出はしない。

お膳にお魚が乗ると
こいつは消化されたらすぐにシナプスの材料になるのか
覚えたいことが起きる何時間前に食べればいいのかを
気にして落ち着きがなくなるだけだ。
お弁当に死んだ魚の目を持って行く程度だ。
ごはんつぶでシナプス貼って。

7月5日

二の腕に頭を乗せて眠っていた。
離すときにポキュッと音がして
耳の縁と軟骨の渦と、そこに前髪が流れてかかる具合が
綺麗に痕に残っていた。
あまり見る機会がない自分の横顔の一部が
自分の腕にのっぺらぼうの様に貼り付いていて
見入ったし
うわ、わたしの横顔のライン、すぅごい可愛くないですか。
つってびっくりもした。
関係ないけど
自分の容姿をおおっぴらに褒めないタイプのおんなのひとが
耳とか手とかの形を自分で気に入っているケースは意外にあって
そこを見るのは親しいし
親しかったら褒めたらこっそり嬉しいのではなかろうか。
男性もそうですかね。
書いた割に、ちょうきょうみないですけど。

7月6日

やり場がなくて、やるせなくて
机を殴った瞬間に
手がガクッとなって、目が覚めた。
段差を踏み外して足がガクッとなる夢、の手技。
うっかり踏み外すと、うっかり殴るは、同じようなものだ。

7月7日

倒れているジャミーさんを、何度も発見する一日。
その度、迅速な心肺蘇生を目指す。
『周囲の安全を確認します。周囲は安全です。だから服を切って、胸をはだけます!!』
など。

彼の胸元と唇を見つめ
数を数える。
ぐったりしたままの彼を
折り畳んで箱に詰める。

7月8日

ジャミーさんを助けすぎたせいで、自分が瀕死だった。
泣き崩れていたひとはテレビの中にいて、頭をちらちらする。
倒れた人形の傍らに臥す。
梅雨明け。

7月9日

昨日読んだ小説の、人間同士の接近した描写で、胸が悪くなる。
耳元でヒロインが笑うから頬に彼女の口紅がついた。
それがむず痒くて、頬をしつこく洗う。
皮膚から彼女のタンパク質や油分が浮き、剥がれ落ちるのをしっかりと思いながら洗う。
それでもうるさいから、うるさい。
左首筋に漂う気配を、蚊を払うように何度も払う。
責任を転嫁して怒る。
頬の肉をえぐって、捨てたい。
ぬるい色付き粘土の中。

7月10日

タンクトップの子どもが雲を蹴り出した。
空を走る子どもの行く先を、拳でクラッシュしたいほど、晴れている。

真っ白い建物の脇に自生しているクローバーの影は濃くて。
影の濃いわたしは自宅の浄水器を通した水を詰めた温いペットボトル、を持ってしゃがんでいた。
ほいで、しゃがんで、呆然と四つ葉を探していた。
アルバイトの休憩中で。
手がかりが見つからないほど晴れていて。
不満の他に、雲一つ見当たらない、澄んだ空で。

7月11日

家に入っても日焼けがまとわりつくような天気で
どぶのにおいで
頭がすごい重いネジ。
ぜんぜんキレイじゃない小さい蛾が横を付いて来た。
絵本みたいな月が出た。

7月12日

「目が覚めた。隣にいる、裸のヒトは誰なんだっけ?」
的なシチュエーションと同じくらいの
悩ましい朝を迎えた。
起床すると
就寝前よりも遥かに疲労していて
寝ている間にそこいらを走り回っていたとしか思えないのだ。
これは夢遊病エクササイズなのか。
朝っぱらから悩ましい。

7月13日

わらを食べた牛の出荷された最南端であったらしく
県のスーパーマーケットへの取材が、全国ネットで放映されていた。
放射能汚染問題でインタビューを受ける感情的ではない一国民、を初めて見た気がした。
不安がってはいるが、感情的ではない。
どこの土地のどんな意見も、勿論、街の全てでは無く
怖くて逆に笑ってしまうことも、うまく言い表せないときもあるけれど
ずっとこの土地に居る人と話をするとき、東日本との地理的な距離を感じるし
そう思うわたしも、例えば、デモをしている人たちを、実感として、知らない。

それがどうこうじゃないんだけど
そういう空気をテレビ画面で見たら
自分が接するのとはまた違う違和感を感じたんだよね。

7月14日

転勤のある家庭に育った為、地元の無い自分は
大阪人には一代でなれる、という話を小耳に挟み
憧れていたのだけれども
罵倒をする時
「アホ」とは言わずに
こころを込めて
「馬鹿ッ!!」と発声するので
大阪国に入れては貰えないのかもしれぬ、と思い、それが悲しくて少し泣いた。
一代でなれるにしても、才能が要るねや。
別売りの才能。

7月15日

通りすがりの犬の、垂れた耳を見て
ああ、あの部分を乾かすと
ビーフジャーキーになるんだっけ?
と、犬や犬好きな方にバレたら噛まれそうな思い違いをしました。
だけどさ。
呆れる前に、アナタも犬の耳をよく見てみてください。
そしてビーフの部分には触れないでください。

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