2013 9月 の日記


9月1日

多分の発見と変更点について。

聖書に書いてある 『 敵を愛す 』 こと。
右の頬を打たれたら、左の頬を差し出せ、という。
その場合、頬を打った人は左利きだ。
今日気がついた。
韻の問題なのだろうか。

医師は「オペ」と言う。
「手術」だと噛むし、噛むと集中力が乱れるからか。

口紅を塗っても、すぐ色がどっかいっちゃう。
口紅だけ直そうか、と注意される。
知らない間に舐めちゃうんだ。
だから先月から、口に入っても安全そうな
色つきのリップクリームですべてを賄うことにした。
それはわたしがだらしのない娘だからで
きちんとした大人は、口紅を食べないと思っていたら
どうやらみんな、食べちゃうらしい。
世界中の口紅は、結局誰かが食べちゃうんだって。
売ってるやつ、全部。

9月3日

目を合わせると噛まれるので
「いやーん!」「かわいー!」などと言って迂闊に近寄ってはならない生き物。
狂犬病の予防接種をしていない不届者もいるので、人も犬も信用するな。
わたしは犬に寄らず、
犬もわたしに寄らない。

そういう生活をしてきたが
「遊ばへん?」と言って犬が手におもちゃを乗せてきたり
泣いていると、様子を窺いにきたりする最近。
犬について幾つか。

『 犬と油 』

①深夜、ゴミ箱をひっくり返し、
発見した明太子せんべいの包装ビニールを舐め回した後、
ビリビリ裂いて散らかした罪状で逮捕状をとった。
彼は怒られる気配を察知した瞬間、例の如くベランダに飛び出した。

「夜中におせんべいの包みを舐めねばならないほど、
お腹が空いていましたか?
貴方はそんなに卑しい犬なの?」
訊いてはみるものの、答えず、平身低頭して縮み上がっている。
こちらが極悪人に思えるような怯えっぷり。
ぶるぶる震えすぎて身体が心配になる。
実に卑怯なり。

(犬のご主人に、あの子はおせんべいの袋を舐めたが、
犬とは元来そのような卑しい面があるものか?と問うと
「それはそうだ」との回答があった。そうなのか。
でも、舐めて良いってことにはなりませんからね。)


②犬のご主人が帰ってくるのを、扉の前で待っている。
リビングの扉の前で、立ちつくしている。
待つのは一向に構わないが、10時まで眠ると宣言したご主人を、
2時も前から立って待っているのはいかにも不憫に見えたので、
時計を示して説明するも、困ったような顔をするだけ。
待つのが彼の仕事なのか。

20分後。
ふと目を向けると、まだ扉の前に立っている。
「わあ、ハチ公って本当に待ってたっぽい!実話!」 と感心した。
(その5分後、彼は寝そべって骨形のおもちゃを齧っていた)


③犬に遊びの誘いを断られたときの、悲しさったらない。
ベランダに飛び出して拗ねたくなる。


④調理中に近くを通ると、寄ってきて熱心に手を舐める。
手から食べ物の匂いがするようだ。
わたしではなく、食べ物が好きなのだ、と思うと、
これもベランダに飛び出して拗ねたくなる。


⑤よく晴れた朝。
わたしがひとりで緑道を歩いていると、
道端でおじいさんが柴犬の顔を覗き込んでいた。
散歩中のようで首にはリードがついているが、
犬はおじいさんの足元で横向きに倒れている。
散歩中に熱中症で困っているのかもしれない。
そう思い「大丈夫ですか」と声をかけた。
おじいさんは顔をあげ、照れたように笑って仰った。
「いえ、犬が油を売ってるんです」
犬が、油を。
油売り犬は首だけを起こし
「なぁにお父さん、誰か来たの?」と半目でキョロキョロ。
ちくしょう、可愛い。
この子から油を買いたい。


⑥犬はわたしの向けるカメラに対して良い顔をしない。
「へっ!」って言う。そういう顔をする。
けどまた、犬のご主人に内緒でクリームチーズをつまみ食いするときは、
君にもほんのちょこっとだけあげる。

9月10日

一人で家に居て、夕方になって、
雨戸はまだ閉めなくていいかなって油断していたら、
日が短くなったせいか、みるみるうちに暗くなって、
顔を上げたら窓の外がペインズグレーで、
やけに寂しく思えたんだよ。
小さい頃、留守番の日の夕方に感じた心細さは、
幾つになってもあるんだね。

日が暮れるって、暗闇が部屋に入ってきた気がしちゃうのよね。
墨汁が滲むみたいに、闇が侵入する気がしちゃうよ。
物理的には、光が入らなくなっただけなのに。
ゼロに戻るだけなのに。
へんなの。

9月12日

『人間の皿』

人としての器に形があるなら。
自分の器はどんな形をしていると思う?
大きさはどのくらいで。
人生に添うような深みのある色をしているだろうか。
器まで至らぬ「人としての醤油皿」か。
人物の大きさの話は、ちょっとしてみただけで、食器としての器。け。
器が好き。
食器を選びにいくときの話。


新しい食器を選ぶとき。
ギャラリーで、デパートで、雑貨屋で。
色や形、大きさ、材質。重さに手触り、価格、取り扱い方。
流行り廃り、高台の裏まで確認して、
作家ものは模様や焼き目がひとつずつ違うからって、
在庫を全部広げて貰って悩んで、
家のどこに置くか、うちの棚は直径何センチまでの食器なら入るか
確認してから又来ます、と悩んだままに店を出て
帰り道に出した結論が
「しかし、セリアって頑張ってるよね。」
「もう一歩なんだけど。105円じゃ、超えられない一線なのか。」
「あと、もう一回ニトリも確認しよう。」
だったりするのが、食器あるある。

足の向くまま、棚に面を並べた器たちを眺め、
これは、という一品に出会うと。
先ず、主な用途を思う。
これは茶碗だとか、汁椀だとか、魚の長皿だとか。
メインディッシュをワンプレートに盛り付ける、とか、
取り分けに丁度いいとか。そういう、本来の用途。
次に、それ以外での使い勝手を考える。
このシリアルボウルにスープを注ぐと、持ったときに熱いかしら。
さんま皿にピンチョスを盛ったら良さそう、果物もきれいに映るかも。
そういうことを考える。

それはすごく楽しいことで。
美のパイオニアが「買い物は自分を買うこと」なんて言うやつで。
金額の大小に関わらず、賢く立ち回ってくれる器を選ぶことが、
ひいては自分が賢く立ち回ることに繋がるのではと、、背筋も伸びる。

雑貨屋さんに出かけて
いつもより、一割増し顔が知的なつもりで。
食器を手に取り、何を盛ろうかとあれこれと思い巡らせていたら。
隣で君が言った。
「さっきから、お皿に、羊羹ばかり乗せているよ」

羊羹。
ステーキばかり盛っても、おむすびばかり盛っても
力強くて恥じらうだろうが、羊羹は渋い。
自覚が無い分、顔が赤らむ。
思い返して言い訳をするならば、わたしは使い勝手を考え、羊羹を乗せているのだ。
・黒い
・シンプルな直方体
料理としてイレギュラーな要素が、本来の用途と同時に映えるなら、
汎用性がある考えていたのだ。きっと。
ホワイトキューブで成立する作品は、ほぼオールマイティーに展示できる、
みたいなことだと思う。羊羹だけど。
そんなわたしの横で君は、サランラップのくっつかない陶器に、
空想のお刺身ばかり盛っていた。

箱、も好き。
空き箱。
頂き物をしたときの外箱とか、少し高級なチョコレートの箱とか。
クッキーの缶、紅茶の缶。
和の意匠も素敵だし、洋のパッケージにも乙女心をくすぐられる。
幼い頃から好きだった。
海の近くに住んでいた時期、グリコのキャンディーの六角形の箱に、桜貝を集めていたこと。
猫の形のブローチの入っていた青い箱の手触り。
クッキーの缶はいつまでもバターの香りがして、それも好きだった。
パッケージングって最重要だからね、と冷静に言えるようになった今も
可愛い箱や、勝手の良さそうな箱を集めてしまう。

箱の話を始めた理由は、
器を選びながら、とりあえず乗せてしまうものがあるように、
カワイイ箱を見たときにもどうやら、
「とりあえず、入れてみてしまう 」 ものがあるような気がするからだ。
最中の入っていた箱が、程よい大きさで、丈夫そうで、しゃれた柄をしていたので、
使い道を迷っていたら、君に言われた。
「この前の箱も裁縫箱にしたよ。」
恥らう。
これは一体、何なのだろう。
どうして決まったものを入れてしまうのか。
大きさの比較にマッチ箱を置くように、自分にも無意識の尺度があるらしい。

先日、空き箱を手にしている母に、用途を聞くと
「考え中だが、前回この箱を入手した際は、裁縫箱にした」
と宣ったので、笑ってしまった。
母は、お皿を選ぶときには 「お漬物を盛ってみる」 そうだ。

Back to top