2014 10月 の日記


2014年10月27日

NHK新人落語大賞を観覧した。
賞レースを見たのは初めてだったが、大賞が決まった瞬間の、落選者の顔が、すごかった。
闇の中に顔が消えたような、無があった。
悔しさが表れる前に影だけが落ちていた。
険しい表情ながらも口角を上げ、勝者に健闘を讃える拍手をする姿が見られるまで、数分。
ステージの上に、静かだが受賞者の笑顔より激しい感情があった。

勿論出演者の実力は素晴らしく、ええもん観せてもうたと、感動のうちに帰宅したのであるが
もう一点印象に残ったのが、開演前のロビーの様子だ。
ベンチは満席。
同行者と横並びで。
膝にお弁当と、お弁当を買った時の白いビニール袋をきちんと乗せ、食事をしている。
お弁当の中身は専ら、いなり寿司、太巻き、タマゴサンド、リーフパイ、であった。
客席の平均年齢の高さが顕著に出ているようで、趣深い。
若者のライブでは、ロビーで何を食べていたかしら。
薄い記憶の中ではウィダーインゼリーとカロリーメイト。
次回要観察。

2014年10月28日

家族や仲間で鍋を食べる良さである。
同じ鍋をつつく。
毒も盛れない、全く同じ鍋。
気を許しているのです。

皆で囲むと料理はいえ、焼肉やお好み焼きは、
誰の焼いたお肉なのか、誰が管理してたのか、テリトリーや責任の所在が存在するけど、
鍋は投入した具を管理しきれないし。
鍋奉行が睨みを利かせても、具は一回鍋の中に入って水をくぐり、謂わば禊ぎを済ませて、出てくるわけです。
だから掬い上げたお肉が誰のものかなんて、無くなっているのかもしれないなぁ。
鍋はみんなのもので、車座になって、縄張り意識も立場もスープに溶けちゃって、ワイワイできるのかな。

逆に、打ち解けられない間柄で鍋を食べるのは辛いことです。
目の前の具が自分のものであるという核心が持てない、立食パーティと同じ種類の落ち着かない気持ち。
考えすぎて生きた心地と食べた心地がしない。
きっちり配分されているお弁当が好きな気持ちも分かる。
なんかこう、鍋が好きなひとは、明るい人なんだろうな。
今、文章の続きを考えていて、
好きなご飯から性格を分析するという薄暗い方向に行きそうになったのでいったん止めます。

2014年10月29日

よい天気。秋晴れ。
朝ごはんにほうれん草を食べたら味が濃くなってきていて
冬が近づいているんだなって思ったよ。
それから、見た空が青くてね。
窓から眺めて
「あれ?工事かな?あそこにブルーシートがかかっている」
と思ってよく見たら
晴れ渡った空の色だったの。
青々とした澄んだ空よ。
ブルーシートみたいに一面の。
素晴らしい空。

でも家から出てもう一度よく見たら、
そこにはやっぱり工事のブルーシートが掛かっていたのね。
この話、何って聞かれても、自分にも分からん。

2014年10月30日

夜ご飯、シチューフォンジュ、アボカド、柿。

2014年10月31日

近所の薬局でトイレットペーパーを買って歩いていると、
スーツを着た50代くらいの男性が走って追いかけてきて
「あのー!お忙しいところすみません!」と呼びかけられた。
立ち止まって振り返ると、
おじさんはしばし息を整えてから
「あの、お忙しいですよね?」ってまた聞いた。
トイレットペーパー持って歩いてる人が急いでるかどうかのアンケートか。
それとも切羽詰まってトイレ駆け込んだものの紙がなくて、分けて欲しい、自分が急いでるけど話を切り出せないおじさんなのか。

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