2015 2月 の日記


2015年2月4日

ずっと一緒だよ、なんて恋人同士のたわごとセンテンスには、
嘘になる可能性よりも、イキオイとか情熱が重視されるみたいだし、
カップルという共同体には、思いやりと譲り合いが必要だし。
結婚式で「誓いますか?」って聞かれて、
「誓ったことの結果を出そうという意思はあります」
って言うひとはいなくて、言い切りが大事だし。
結果の先払いなのよね?

そこまで分かっていても、イエスって言えなかったんだよ。
「よっぱらいのおじさんの形態模写は、もうしないで欲しい」
と懇願されても。
前述の、恋愛に必要なイキオイと思いやりで、
「もうしません!」って言えればよかったのに、
わたしはどうしても
「よっぱらいのオジサンが歩いてこないかしら」
若しくは
「よっぱらいのオジサンなんて歩いてこないわよ」
ってコントみたいに誘惑されたら、
オジサンになって、げへへと登場したい!っていう気持ちが打ち消せなくて
一生やらないなんて軽はずみに言えなくて、本当に困ったのよ。
しかも困ったことに、
わたしは素面でよっぱらいのおじさんのモノマネをしていて、訓戒を受けたの。
もう本当に困っちゃう。

2015年2月7日

怒りたくはなかったので
腹を立てつつも
怒りを商品として販売する、怒りデパートがあるならば、
この怒りは何円だろうか、と考えたら
3個パックで998円だった。
サラダデリの感じで、パック詰めで。
1怒りなので、約333円分。
例えば
のり弁のことでいつまでも怒っている女。
いっぱい汗が出るという触れ込みの入浴剤を使用し、発汗量が不満と憤る女。
疲れていたあの子にコーヒーを奢ったのにお礼も言わない、と根に持つ女。
コンビニで買ったマスクを、ビニール袋と一緒に捨ててしまって、
一枚使っただけなのにと、愚痴をこぼしながら、
皆へといただいたお菓子をカバンに詰め込む女。
この怒りはそのくらいの金額である。
腹は立てずに寝かせておいて、白いハンカチでもかけてやろう。
南無333。

2015年2月8日


昨夜テレビで見て知ったコピーライター氏のインタビューに
『「あいしている」と「あいしてる」
よりダイレクトに伝わるのはどちらかというと、
あいしてる、ですよね。』
というようなことが書いてあって
わたしも、「そんな気がしますね」と同意して、
伝えられた気になっていたのだけれど。
ふと、
初めてベルサイユのばらを読んだときに、
オスカルとアンドレが交わす、
「愛している」という言葉に受けた衝撃を思い出したんだよ。
「愛してる」じゃなくて「愛している」だから、
言葉の重さや熱量を受け取って、夢中になった。
愛の迫力を感じていた。
それから、ジョゼフの「あなたが好き」というセリフ。
あれも「好き」だからこそ、心に残っているなぁ。
池田理代子先生は愛のコピーライターでいらしたと、
そこまで考えた辺りでタンクがいっぱいになったので、
思考を止めて蛇口をひねり、
フタをキュルキュル回して閉めた。
このタンクは浄水器にセットする。
接客スペースの浄水器4台分。
フタは緩いと、床に水が垂れるから注意だ。
今日はアルバイトをしています。
この作業は愛してません。

2015年2月10日

ばななさんのエッセイを読んだ。
ばななさんの父上、母上、親友が相次いで亡くなられた年の
ブログをまとめた本で、
そんなに大切なことをさらさら書いていいの!?とびっくりするほど、
もったいつけない本だった。
いいこといっぱい書いてあった。
「私の小説は生きるためのハウツー本みたいなものだ」と書いてあって、納得した。
自分の考え方や思考のまとめ方もハウツーだけど、
人に対する振る舞いや、好きな人への心配の仕方や、
優しく、正直に接することを、見せてくれていると思う。

プロレタリア芸人も読んだ。
どん底なのに、その底が抜けてて、暗いのに、尋常でないほど明るくて、
本坊さんの人柄そのままだった。
すべての文字が、一丸となって「愛されたいげー!」と叫んでいたので、
読み終わった時に、すごーくおっきい声で
「わたしも愛されたいんだー!」って叫びたくなった。
この本が文学だから、そういうことになるのだと思う。
人間は明日も生きていく理由を探したりするけれど、
生まれ変わることが決まった時の、
「でも、またみんなに会えますね。」という一行が、
本坊さんにとっての、明日も生きていく理由なんじゃないかな。
笑顔が浮かぶようです。

2015年2月11日

惚気といふものは、あやしきものなり。
ノロケている方は、
「世に人間はわんさかいるけれども、彼はその中で指折りの、男の中のオトコ。
ベターではなくて、ベスト。
本当に希少価値の高い、いい男なのよ。」
と熱を入れてムンムン語る。

翻って、ノロケ話を聞かされている方は、
たとえ心から
「素敵なご主人で、いいエピソードで、徳の高い話だ」
と共感しようとも、しまくろうとも、
取り立て羨ましくもなく、
何故その人と自分が先に出会わなかったのか!と時間を恨んだりもしない。
「ベスト・オブ・メン!」という強烈プレゼンを受けているはずが、
その人を好きになったりもしない。
受け流し、受け流されているのだ。
それは愛の発表会。
拍手で迎えて送るだけ。
二人の間に入り込む余地はないって、
DNAがバッティングを拒否しているのだろうか。
世の中はうまくできている。

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