2015 6月 の日記


2015年6月1日

 

「クラブのママの枕営業は、客の妻に対する不法行為に当たらない」
とする判決が出た、という記事を読んだ。
それは、
「商売としての性交渉は、結婚生活の平和を害さない」という根底の上で、
ママの枕営業は商売か否かを争うもので、
わたしはまず、その根本自体に感心したのであった。

それが頭に残っていたのだろう。
今朝、「Kが風俗に通っている」と告げ口をされる夢を見た。
夢の中でわたしは、「ほほーん。」と思った。
「お気に入りはエリカ嬢(23)とな。なるへそ。」と。へそが出た。
過日の記事によれば、
風俗は商売=婚姻関係にあっても平和を害さない行為、だし、
そもそも我々は単なる恋仲だし。
責める道理もあるまい、と。
一旦、ほほーん、に落ち着いたのだ。
だけど、よく考えると、
商売だからこそ、Kが女性にお金を払っていることが、
面白くなーい!と思った。
へそを出してる場合じゃなーい!と思った。
そのような、不法でないことは理解しているが、わりと腹立たしい、
という気持ちが溢れ出した結果、
夢の中のわたしはKを睨みながら、
自分の身体を雑巾のように捻り、絞り上げる自虐行為を行い、
痛みで奇声をあげたところで目を覚ました。

ママの賠償責任と夫の負う責任は異なるものだし、
日常ではその法的拘束力にこだわらなくてもいいし、
ビンタを張るのも、SNSで非難するのも、
叙事詩に仕立てて語り継ぐるのもいいし、
わたしはボロ雑巾じゃないし、
そもそも、実際のKにやましいところはないのである。
と、起きて思った。

2015年6月2日

「わたしを誘っておいて、返事を待たずに、
別の人と遊びに行く約束をするのはひどいし、
そうなら、決まって時点で報告をして欲しい。」
そう言うと、Kは膨れて、
だっていつもはこうやろ、と屁理屈をこね、
つぶつぶと文句を言っている。
非を認めぬ態度を責めると
「はいはい、すいませんでした〜」と嫌そうに宣った。
お昼どき、2人はテーブルでキャベツとじゃこのスパゲッティを食べていた。
黙ったまま横目で見ると、Kはパジャマのズボンをはいている。
それは、もう暑いから夏のパジャマにしたらどう?って、
わたしが棚から出したパジャマ。
この人はこれを着て、
わたしが取り替えた夏のシーツと夏の布団に挟まって寝ていて、
起きて、わたしが洗った浴室でシャワーを浴びて、
わたしが作ったスパゲッティを食べているくせに、
偉そうにスネてやんの。
そう思ったら、可愛らしく見えてくる。
だから顔を見て「んふふふ」って笑ったら、
バカにされた気配を感じたのか、スネた表情を作り直した。
優しい口調で
「ねえねえ、どうして笑ったのか、教えて差し上げましょうか?」
と話しかけると、
Kは「結構です、今忙しいんで」と言って、こちらを見ずにピクルスを噛む。
犬はケンカの仲介をする様子も見せず、
わたしが彼を咎め出した時に隣室へと避難して、
クッションの上で素知らぬ顔をしている。
いつもは何かもらえるんじゃないかと期待して、
ご飯の乗ったテーブルの側にいるのに。
まさに、犬も食わないケンカってやつだ。
なんて平和な昼間だろう。

2015年6月3日

クリーニングから帰ってくるあなたのコートを吊るしたいから、
クローゼットの整理をしたい。
クローゼットに置きっ放しのダンボールを整理してもかまわないか?
整理はしても捨てないし、中身は詳しく見ない。
あなたが昼寝をしている間に、それをしても良いですか?
そう言って許可をもらい、
物置部屋の片付けを始めました。

ダンボールを開けて本と漫画とDVDとCDとコレクションカードと
ゲームとゲーム機となんだかよく分からないものを、
分類してじゃぶじゃぶ詰め替え、
ダンボールを重いものから積んでいく過程で、
DVDにAVが一枚紛れ込んでいたのを発見しました。
詳しく見なくても、丸出しだと見えますよね。
ここで大切なのは、
「発見したことが判明しないように片付け直す
(恥ずかしがると可哀想だから)」ことで、
注意深く雑にしまい直したのだけれど。
これって思春期の息子に対する扱いではなかろうか。
AVのDVDの穴を覗いたら、彼女が母化する未来が見えたよ!

2015年6月5日

スマートフォンを開くと、明け方にKからのメールを受信していた。
昨夜、飲み会だと話していたので酔っ払って打ったメールだろう。
内容はつまるところ、
「明日も仕事を頑張るぞ」
「僕は自分の彼女を大切に思っている」だった。

酔って帰ってきて
「仕事頑張る」「彼女が好き」という二つの結論を導き出すなんて、
気持ちが健康だな。
このひと、いいやつだなぁ、と思ったし、
酔っ払っているくせに、真顔のようなメールを送ってくる男は、
なんだか可愛くておかしかった。
それから、こういう、
だらしなくて面倒だけど、可愛くておかしい酔っ払いは
世界中にいるんだろうな、とも、
それを面倒がって「もー!」って言う相手も世界中にいるんだな、とも思った。
そういう風に見た世界は、地球の裏も長屋の隣みたいに近く感じる。

2015年6月6日

突然家にあがりこんでいた真夏日は、気がつけば帰っていた。
雨の日も増えてきた。
まもなく梅雨入りだろう。
雨の時期が来ても生活に変わりはなく、
ご飯をいただいて、ものの匂いを嗅ぎまわり、眠り、
たまにケンカして、「何さ!」と鼻息で抗議する、
イヌ然とした暮らしである。
ネコのように雨の気配を感じて洗顔にいそしんだりはしない。
変化はなくとも、気になるのは梅雨入りのタイミングである。

「そろそろ梅雨だろうと思っている雨の日」に梅雨入りが発表されると、
自分にも宣言できそうな気がしてしまう。
「雨の日が続いて、まだ梅雨入りしないのかなと思っていたある日」に、
既に梅雨入りしておりましたと発表されると尚更だ。
自分の方が梅雨を分かっている気分。
気象台の人は雨に気がつかなかったのか?
タクシーに乗って出社しているのか?と謎の上から目線。
逆に「晴れた日に梅雨入りの宣言が出る」と、
さすがはプロだ、
気象予報士は我々には分からない何かを見て判断するのだと感心する。
今年の梅雨入りはいつだろう。
どんな天気の日になるか。
楽しみに待ちたい。

ところで、
当たっても賞賛されないのに、
外れると文句を言われる天気予報ではありますが、
いつも大変にお世話になっております。
いつか改めてお礼申しあげたいと思っています。

2015年6月8日

世界的アーティストの「脳を風邪の菌が行ったりきたりしている」
という内容の呟きを読み、
素人ながら、それは一大事なのでは?すぐに受診されたし、と思った。
(素人は、知識、経験が浅く、人として一人前ではない、
人間としてシロウト、とういう意味。(cf:プロの人類))
でも、比喩表現かな?とも思った。
感覚的な話だよね?と。

感覚と物理的事実には差がある。
わたしは脳みそが腐っているのだ。
勿論、感覚としての話だが。

わたしの脳は、あれに似ている。
茹でられてパックに詰まって売られている、出来合いのそうめん。
あれに色や形状がそっくりなのだ。
だらしなく伸びて、引っ張るとぶちぶちと切れてしまうが、
痛みは感じずに、どこを切っても同じ断面を見せる。
その様子で、さらに悪いことに、腐っている。

いつから腐っていたのかは定かではなかった。
学生時代のある日、腐っていたことに気がついたのだ。
それが最近になって、時期が割り出された感がある。

親からの証言によると、
「あなたは汗っかきの子どもだった。
一歳になる直前の夏の頭部ときたら、
生え揃わない髪の間に玉の汗が浮いて
一日二度のシャンプーをしても間に合わぬ。
自分の子どもならすべてが愛しく感じる親ですら、
抱きしめるとめまいがして、
脳が腐っているのかと錯覚するほどだった」そうなのだ。

聞いて、ぴんと来た。
そのとき、錯覚ではなく、腐っていたのだろうと。
一歳になる前の夏に脳が腐った。
自分で発見するよりもはるか昔に。

親の語る幼児期の思い出話は
「洗いすぎを恐れず、
シャンプーや濡れタオルでのふき取りをもっと頻繁に行えば
赤子が快適に過ごせたのではないか」という
反省と次世代への引継ぎが主題だったが、
「あなたにもすまなかった」と詫びられると、
腐敗も認められた気持ちになる。
三十年も腐っているなら、人間としてはシロウトだが、
脳腐れとしてはセミプロなのではなかろうか。
栴檀は双葉より芳し。
親にはいつも感謝の気持ちでいっぱいだ。

2015年6月9日

しのごの言う内に、梅雨入り発表。
流石の曇りの日でした。

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